黒柳建設さんにお願いするまでの紆余曲折
2003/01/12
こんにちは。わかわか一家です。第1回の日記では、我が家の紹介をさせていただきました。今度いつになるやら・・・と書きながら、意外にも時間ができ・・・早速、第2回目の日記です。

今日は、「黒柳建設」に家造りをお願いするまでのことを書きたいと思います。
第1回にも書きましたが、我が家は5人家族です。子供が中学1年生になる娘をはじめとして3人います。(これもこの前書きましたね。)今現在も一軒家に住んでいるのですが、5人が一つの部屋で川の字になって(川の字になっていませんが)ウナギのように5人が並んで寝ています。そして、子供たちだけの部屋というものがありません。・・・もちろん、夫だけの部屋・妻だけの部屋なんていうのもありません。昨年中学に入学して、娘も「弟たちにじゃまされずに勉強したい」というようになりました。(と言いながら、あまり勉強だけに集中してやっている様子はありませんが・・・)
そこで、夫と妻で一大決心をして、妻の亡くなった両親の家(今すんでいるところからごく近いところにある)を建て替えて、子供たちが大きくなってからも住める家を建てよう!ということになりました。
職業柄?本の好きな夫は、早速本屋に行き情報収集・・・一冊の本を購入してきました。その本の名は、「関東の家造り必読本」。その本のページをパラパラめくっていくと、一番最初にぱっと手が止まったページが、八王子市にお住まいの山岸さんのお宅の記事でした。家族の方々のにこにこした笑顔が印象的でした。そして、じっくり読むとその家は、空間がとても効率よく使っていて、とても魅力的な家でした。こんな家に住みたいなあと思ったのです。その家を造られたのが、「黒柳建設」という会社でした。妻もこの本を見て、「この黒柳建設さんに頼んだらどうかしら。」と・・・特に妻は黒柳建設に一目惚れでした。
そこですぐに資料請求。送っていただいた資料の中に、ソーラーサーキットの資料も入っていました。それまで、ソーラーサーキットなんて聞いたことのない夫(もちろん妻も)はその資料をじっくり読みました。そのときはじめて断熱方法に内断熱と外断熱が知りました。そして、外断熱がよいこと、さらに、ソーラーサーキットはアウターサーキットとインナーサーキットという二重通気工法であること・・・などいろいろなことを知りました。この資料をきっかけに夫は、ソーラーサーキット・外断熱について徹底的に調べようとしました。「いい家が欲しい」という本を読んだり(ビデオまで買ってしまいました)、Mハウジングの体感ハウスを見に行ったり、ソーラーサーキットの家を造っている現場見学会に行ったり、なんと、鐘淵化学に直接、資料請求をして資料を送ってもらいもしました。また、「高断熱・高気密バイブル」という本を読んだり、ソーラーサーキットだけでなく外断熱についてインターネットで調べたり・・・そしてたどり着いた結論は、「ソーラーサーキットの家を造りたい」(夫)ということでした。妻の方は、ソーラーサーキットてなあに?何でそんなにこだわるの?という反応でしたが・・・。
その後、夫の叔父が1級建築士であったので(信州を拠点に仕事をしている)、「今度家を造りたいと思っている。ソーラーサーキットという外断熱の家にしたい。お願いできないだろうか。」と相談を持ちかけたのが2002年の夏。
そしてその叔父に「自分のところではソーラーサーキットはできない。しかし、ソーラーサーキットではないが、外断熱の家を今建築中なので見てもよい。」と言われ、いざ信州の現場へ・・・。ところが、二重通気工法ではなかったのですよ、これが。そのことを聞くと「外断熱にもいろいろな会社が取り組んでいて、それぞれの工務店がそれぞれの会社と契約を結んでやっている。その契約を結ぶ際に、講習を受けることが必要になっている。」ということを教えてもらったのです。外断熱にこだわっていた夫は、自分の叔父と言うこともあり、多少値引いて造ってくれるとの話を聞き、「外断熱工法であればいい」という安易な考えから?、叔父に「プランを作って欲しい。」とお願いしてしまったのです。
東京に帰ってきて、叔父の紹介で、建材フェアーなるものにも行きました。そこで、また外断熱材についていろいろな情報を得ました。(夫は、このころ外断熱材のことしか頭になかったようです。)妻は、外断熱材よりもキッチンやバスルームに興味を示していました。(こちらの方が正常ですよね。)
そして、「やっぱりソーラーサーキットの家にしたい」(夫)という気持ちが強くなりました。しかし夫の叔父(夫が幼少の頃とてもよくしてもらった叔父)に、どう伝えていいものか困っていました。(ソーラーサーキットで家を造るということは、違う工務店に頼まなくてはいけないからです。)「よくしてもらった叔父に失礼ではないか」などと、とくに優柔不断である夫は、どうしようかと毎日のように悩んでいました。・・・その姿を後目に、妻が黒柳建設に電話をしていました。(女は強しですね?)そして、事情を説明した上で、次の日に社長さんに来てもらうことに・・・なったのです。2002年の10月頃のことです。
次の日、黒柳社長さんが訪ねてきてくれました。今までのいきさつやらを話しましたが・・・新しい家に対する希望などはほとんど話題になりませんでした。社長さんお話のほとんどが家造りの楽しさや会社のお話だったような気がします。その間約3時間。最後に、「住宅調書を忘れてきてしまったので後日送ります。」という言葉を残し、お帰りになりました。正直言って、びっくりと同時にちょっとして不安が・・・ありましたが、夫は、にこにことした笑顔で「いい家を楽しく造りましょう。」という社長さんに一目惚れ・・・心はもう決まっていました。「社長さんに家を造ってもらおう」と。お帰りになった後のその夫の言葉を聞いた妻の言葉・・・「やっぱり最初から、黒柳建設に頼もうって言っていたでしょ!私の言うことを最初から聞いていればよかったのよ」。
その後、夫は叔父に「一生に一度のこと。後悔はしたくないので・・・」などと、いいわけがましく断りの電話を入れていました。(もちろん、快く了解してもらいました。)夫があれだけ悩んだのは、なんだったんだろう?

と、こんなわけで「黒柳建設」さんに家を造ってもらうことになったのです。
しかし、この時点で、夫も妻も費用がいくらくらいかかるのか全く頭の中にはありませんでした。(お金なんて全然ないのに、全くのんきな夫婦です。)後で聞いて、びっくり・・・。
この後、住宅調書→プランその1→プランその2→・・・・と続いていくことになるのですが、そのあたりのことは、また時間ができたら書こうと思っています。


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 建物のお話しは、やはり その方 その方によって色々変わってきますが、ほとんど
その場の雰囲気でお話しさせていただいておりますね。

わかわか様の場合は、家の楽しさをお話しさせていただくのが きっと一番 喜んでいただけるの
だろうなぁ〜 と、その場の感じで決めてしまいました。

あれや これや 色々な楽しい家づくり(と、私は勝手に決めてお話していましたね)のお話しを
させていただいていますと、初めてお会いさせていただく あのちょっと緊張感のある感じから、
少しずつ雰囲気が柔らかくなって、ある瞬間といいますか、あるタイミングから、
ファー と、いっぺんに丸〜い空気が動き始めます。
 こうなりますと、もう 楽しい家づくりのお話しはどんどん流れ出てきて、止まりませんですね。
私にとって、とっても楽しいひと時ですね。あっという間の3時間となってしまいます。
 わかわか様のお話しされた時間と、私がお話しさせていただいた時間は、5:5でしたっけ?
いいえ いいえ じょうだんですョ。5:1か10:1か、もしかしたら20:1だったかもしれませんね。
だったかも?・・・いいえ いいえ だった!と言ってもOKでしたね。
わかわか様、申し訳ありませんですね。

住宅調書、お持ちしなくてすみませんでした。

すぐにお書きいただいて、ありがとうございます。
そして、家具等の寸法も、とってもキチンと書いていただいて、ありがとうございます。
住宅調書は、とっても楽しく読ませていただきました。 “ウフッ!”ってな感じの場面が
いっぱいあって、3時間の会話(会話とは言えないけれど)を思い出しながら、
ニコニコ読ませていただきました。

そうそう、奥様から初めて電話いただきました時、そうですね、1時間位 お話しさせていただいたかな、と思います。
柔らかく、優しいお話しのつづきでしたね。実際にお会いした時も、全く同じ感じで、
そうそう、この人ですね、と嬉しかったですね。

                                                    黒柳
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